往還脇の道標 —高岡の五叉路道標—
松江杵築往還が高岡旭町内で竿井手(さおいで)道と合流します。この合流点は五叉路で、樋ノ口(といのくち)と呼ばれています。ここに道標があります。

写真1 高岡旭町内の五叉路と道標
撮影2025年11月
写真1は、五叉路を西側(竿井手道)から見た様子です。往還は、写真の下側を左(東)から手前(西)に向かい、中央を通る竿井手道(竿井手川沿いの道)と合流します。竿井手道脇に道標があります。竿井手道の右側に道が2つあります。すぐ右側が、高岡から大津へつながる道でした。古い地図では、高岡から中野を経由する道が確認できます[1]。いまは、大型農道(県道斐川出雲大社線)で途切れています。もう一つの道は南に延びて、 大型農道、出雲市立第三中学校グラウンド、古内藤川を横切り、新内藤川北側沿いの道として県道矢尾今市線へつながっています。さらに新内藤川北沿いの道は、四絡(よつがね)(大塚町、小山町、矢野町)へとつながっています。古い地図でも経路の概要は確認できます[1][2] 。
ところで、五叉路が「樋ノ口」と呼ばれているのは、地域の主要な用水路である竿井手川からの分水堰があるためと考えられます。五叉路は、道の交差路と同時に用水の分水点です。
現在、竿井手道脇にある道標は、写真2、写真3、写真4のように、風化が激しく、刻字をすべて読むことはできません。古老の話では、交差路周辺の道路や用水路の整備時に、歴史的なもので残すべきとの意見があり、保存されたそうです。

写真2 高岡旭町内五叉路の道標(東側面)
撮影2018年

写真3 高岡旭町内五叉路の道標(北側面)
撮影2018年

写真4 高岡旭町内五叉路の道標(西側面).
撮影2018年
参考資料
[1] 大日本帝国陸地測量部.「出雲今市」、明治35年(1902).(出雲市立中央図書館蔵)
[2] 大日本帝国陸地測量部.「杵築」、明治38年(1905). (出雲市立中央図書館蔵)
[3] 島根県教育委員会.「松江美保往還・松江杵築往還・巡見使道」、歴史の道調査報告書、第10集、pp.21-40(松江杵築往還の概観)、1999年3月.
履歴
∆0 2025-10-31 新規登録
∆1 2025-12-20 文差し替え、写真追加
∆2 2026-02-08 公開
地図
©背景地図:地理院タイル
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