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札打ちの道標 ふだうちのどうひょう

竿井手(さおいで)道(松江杵築往還.まつえきづきおうかん)と旧矢尾(やび)今市線との交差点(高岡、里方の境界付近)から北に少し離れた旧道(遍路(札打ち)道)沿いの三叉路(里方町.さとがた)に「札打ちの道標」と呼ばれる道標があります[2]

写真1 札打ちの道標がある三叉路
撮影2025年10月

写真1は、遥堪(ようかん)、矢尾から続く遍路道の三叉路を西側から見た風景です.写真手前が矢尾から続く遍路道で、正面に札打ちの道標があります.遥堪からの道には一丁地蔵が残っています(西部一丁地蔵列)。

写真2 三叉路にある札打ちの道標
撮影2019年

道標は、昔は、道の脇にあったでしょうが、今は、写真2のように宅地にあります。道標には、『右くわんおん寺・左せいうん寺・文政五年(1822)』と刻字されているそうですが、今は読めません[2]

三叉路を左に曲がって東へ行くと、里方の高濱神社と林宝山清雲寺(大神門札三十三霊場の第六番札所)に至ります[1][4]
右に曲がると、竿井手道(往還)の交差路を通って出雲市立第三中学校グラウンド横の地蔵群(高岡町)まで道が続きます。この間にも一丁地蔵があります(西部一丁地蔵列)。しかし、道路整備のため、この先(旧道)をたどることはできません。道標に刻まれている補陀山観音寺(渡橋町.わたりはし)は、大神門札三十三霊場の第十六番札所です[1][4]。同時に、出雲観音霊場三十三ヶ所の第四番札所です [2][4]

道標周辺の大神門札三十三霊場(札所)は、第三番が荘厳寺(大社町遥堪.ようかん)、第四番が永泉寺(矢尾町)、第五番が光善寺(平野町堀江)、第六番が清雲寺(里方町)、第七番が善正寺(荻杼町.おぎとち)、第八番が普門寺/萬福寺(武志町.たけし)、第九番が満願寺(矢野町)、第十番が日蔵寺(小山町.おやま)です。第十六番が観音寺(渡橋町)です[1][4]。お遍路さんが、この三叉路にある札打ちの道標をどのように利用していたかは、わかりません。大神門札所を順番に歩くのであれば、かなり複雑な経路であったようにも思われます。

道標に刻まれている補陀山観音寺(渡橋町)は、上述のように大神門札三十三霊場の第十六番札所、出雲観音霊場三十三ヶ所の第四番札所です。出雲観音霊場では、浮浪山鰐淵寺(別所町)が第三番札所です[2][4]。出雲観音霊場三十三ヶ所の遍路を考えると、第三番鰐淵寺から第四番観音寺への遍路道の三叉路に相当すると考えられます[2][4]

残念ながら、この道標だけでは、昔のお遍路さんの経路を推定するのは難しいようです。

参考資料 

[1] 観音寺観音講編.「大神門札三十三番観音霊場」、発行年不詳.(出雲市中央図書館蔵)

[2] 松江市史編集委員会.「出雲札所観音霊場記」、松江市史編集委員会「松江市史史料編5近世I」、pp.451-565、松江市、平成23年(2011).

[3] 島根県教育委員会.「松江美保往還・松江杵築往還・巡見使道」、歴史の道調査報告書、第10集、pp.21-40(松江杵築往還の概観)、1999年3月.

[4] 多根令己.「出雲三十三か所巡礼と神門郡三十三か所巡礼」、出雲塩冶誌編集委員会.「出雲塩冶誌」、pp.494-505、出雲塩冶誌刊行委員会、平成21年(2009).

履歴 

∆0 2025-09-15 新規登録(ID修正)

∆1 2025-12-17 本文修正、写真追加

∆2 2026-02-08 公開

地図 

©背景地図:地理院タイル

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最終更新日: