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蔵の東屋の大松 くらのひがしやのおおまつ

江戸時代に松江と杵築(きづき、大社)とをつないでいた松江杵築往還沿いに、現在、史跡などがあります。稲岡村(当時)と荻原村(当時)との境界である上井手(うわいで)沿いの往還北側(現在、稲岡町)に、鎌田家(屋号「蔵の東屋」)の大松がありました[1]。「蔵の東屋の大松」、あるいは「蔵東(くらひがし)の大松」と呼ばれていたそうです。往還を通る人たちが、大松の日陰で休憩をとっていたと伝えられています。昭和の時代まで休憩場所として利用されていたので、当時の様子を知っている人もいます。残念ながら、大松は昭和54年(1979)に倒伏してしまいました。

写真1 昭和40年代に撮影された蔵の東屋の大松
©写真提供 鎌田正二

写真1は、昭和40年代に撮影された往還沿いの大松です。写真右側の2本の電柱の間を通っている道が松江杵築往還です。1本の松ですが、複数本の築地松が茂っているように見えるほどの大松です。なお、大松は墓地の方へ倒れたということです。300年以上経った古木だったそうです。

参考資料 

[1] 島根県教育委員会編.「松江杵築往還の概観」、島根県歴史の道調査報告書、第10集、pp.23-40、1999年3月.

履歴 

∆0 2025-11-21 新規登録

∆1 2026-02-08 公開

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最終更新日: