元慶四年の出雲国地震 がんぎょうよねんのいずものくにじしん
平安時代の元慶四年十月十四日(ユリウス暦880年11月19日) に、出雲国で大きな地震が起きたとの中央政府への上申が「日本三大実録(にほんさんだいじつろく)」十月二十七日の条に書かれています。これは、「出雲国で十月十四日に大地震が起きて神社・仏閣・官舎・民家の倒壊、傾斜、破損があり、多くの損傷者があった。その後二十二日まで余震が続き、まだおさまっていない」という内容です。また「類聚国史(るいじゅこくし、るいじゅうこくし)」の元慶四年十月十四日の条にも「 元慶四年十月十四日甲午(きのえうま、干支日)、地大いに震う」と書かれています。
これら2つの史料が同じ地震を記述していると判断し、出雲から約250Km離れた京都でもかなり強い地震を感じていたとして、出雲国地震は大きな地震で、規模(マグニチュード)M7.4とされています。また、震央は当時の出雲国国府があった東出雲、あるいは宍道湖西方と推定されています [3][5][8]。
一方、出雲と京都との中間地域(伯耆国や因幡国)では地震記録がないことや、京都でも同じ年の10月から12月にかけて地震が頻繁に起きていたことを示す史料があることから、必ずしも上記の2つの史料が同じ地震の記録とは断定できないとの考えもあります。また、出雲国からの上申には重要な建築物などの具体的な被害に触れていない、死者が出たことも書かれていないなどのことから、地震の規模や震央などについて異なる解釈もあります[5][8]。萩原[3]は、2つの史料の記述が同じ地震ではないという判断から、出雲国地震は中規模(M6.3〜6.5)で、震央は出雲国山間部と推定できると述べています。
なお、 出雲地震の規模はM7.0程度で、宍道断層の活動である可能性も指摘されています[4]。
史料(古文書など)から古い地震を知ることができます。また、遺跡発掘における地質分析などによって得られる地震や津浪の痕跡(液状化現象や津浪堆積物)から新しい知見を得ることもできます [6] [9]。 これらの研究から、地震・津波などの状況がより詳しくわかるようになりつつあります[1]。
なお、出雲市内でも遺跡発掘調査から古墳時代や安政南海地震(安政元年、1854)、浜田地震(明治五年、1872)の液状化現象などの痕跡が発見されています[1][2][7]。
過去の地震活動の概要は、史料の文字記録の解析や、発掘等による地質調査などから、少しずつ明らかになっています。これらの知見を防災に役立てることが望まれます。
参考資料
[1] 今岡一三.「 遺跡から見る災害の痕跡—島根県内の事例を中心に—」、島根県古代文化センター研究論集、 第23集 、pp.163-172、 令和2年(2020)3月.また、全国の遺跡発掘からのデータをまとめた地震痕跡データセット 「全国遺跡出土地震痕跡データセット( 奈良文化財研究所)」が公開されている.島根県のデータも閲覧可能. https://sitereports.nabunken.go.jp/…124 (2025年6月18日 閲覧).
[2] 出雲市文化財課.「出雲市内で発掘調査で見つかった地震の跡 —いま私たちの足元を見つめなおす—」、出雲市弥生の森博物館ギャラリー展示パンフレット、2012年3月.ギャラリー展示( 2011年6月7日から7月11日まで)の紹介(季刊 出雲弥生の森博物館だより、第2号、2011年11月) は、下記ウエブサイトで閲覧できます.https://www.city.izumo.shimane.jp/…yayoi_tayori_002.pdf (2025年6月12日 閲覧).
[3] 萩原尊禮(はぎはら たかひろ).「元慶四年の出雲地震」、 萩原尊禮編著 、古地震ー歴史資料と活断層からさぐる、第10章、pp.142-174、東京大学出版会 、1982年.
[4] 地震調査研究推進本部.「 中国・四国地方の地震活動の特徴<改訂版>」、令和2年(2020)3月. https://www.jishin.go.jp/…chugoku_shikoku.pdf (2022年3月5日 閲覧).
[5] 丸田誠.島根県の地震データベース、https://ndrre.shimane-u.ac.jp/…researches3.pdf (2022年3月5日 閲覧).
[6] 箕浦幸治.「古地震の復元」、応用地質、第53巻、第6号、pp.313-319、2013年. https://www.jstage.jst.go.jp/…ja (2022年2月19日 閲覧).
[7] 中村唯史.「島根県内で発見された地震の痕跡」、島根県立三瓶自然研究報告、第1号、pp.15-20、2003年. https://www.nature-sanbe.jp/…01_15.pdf (2025年6月19日 閲覧).
[8] 西田良平.「出雲の地震」、松江市史講座資料.2013年12月7日.https://www.city.matsue.lg.jp/…25-9nishida.pdf (2021年9月12日 閲覧).
[9] 寒川旭(さんがわ あきら).「地震考古学に関する成果の概要」2011年日本第四紀学会学術賞受賞記念論文、第四紀研究、第52巻、第5号、pp.191-202、2013年. https://www.jstage.jst.go.jp/…ja (2022年2月19日 閲覧).
履歴
∆0 2025-10-03 新規登録
∆1 2026-02-08 公開
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